金花糖の今
ご存知でしたか?金花糖
江戸時代発祥で駄菓子の原点となる金花糖。結婚の引出物や節句のお祝いに使われ、昭和の初め頃には定番の駄菓子として子供たちに親しまれていました。

でも、皆さんは金花糖をご存知でしたか?
見たことはありましたか?

そうなんです。
金花糖は「幻の駄菓子」と呼ばれるほど、現代では見かけることがなくなった「失われつつある文化」のひとつなのです。

金花糖
金花糖
技術の難しさと後継者不足
金花糖の文化が失われつつある理由のひとつは「作る技術が難しい」ということがあります。

原料は「砂糖と水だけ」というシンプルなものだけに逆に作ることが難しく、大量生産はほぼ無理。手作りで一つずつ注意をはらって作らなければなりません。

また、砂糖が固まりやすい寒い時期でないと作れなかったこと、その日の気温・水温・湿度によって出来上がりが変わってくるため、経験と勘が重要となることもあり、職人が後輩や弟子に技術を伝えるのも難しく、そのために金花糖の職人は後継者がおらず年々人数が少なくなっていきました。

東京でただ一人の金花糖職人
金花糖を作れる職人は全国でも数人、東京にはただ一人でした。
その東京でただ一人残っていた金花糖職人が数年前に引退したとき、道具を受け継いだのが「まんねん堂」です。

見よう見まねで作ってみても、ほとんどが割れたり形が悪かったりで使い物になりませんでした。しかし「金花糖の歴史と伝統を無くしてはいけない」という思いで練習を重ね、やっと自信を持って販売できる金花糖を作れる技術を身に付けました。

一般的な知名度はまだまだ「幻の駄菓子」である金花糖ですが、これから「まんねん堂」が金花糖の文化と伝統を広めていき、日本中のご家庭に「金花糖のある風景」を作ることを目指しています。

東京でただ一人の金花糖職人となった「まんねん堂社長」の金花糖奮闘記をブログに書き綴っております。ぜひお読みいただければと想います。
 →まんねん堂社長のブログ「寝る子は育つ江戸駄菓子」

金花糖
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